左折するブルドーザーを見たか
歩いていた。
気がつくと、おれは歩いていた。果てしなく広がる暗闇の中を何かに向かって歩いていた。足の疲れが、今までに相当歩いたことを示していた。
『眠い』
ひたすら眠かった。ぼんやりとした視界に駐車中の車が入ってきた。誰も乗っていない。おれは運転席側のドアの取っ手を引いた。
『鍵がかかっている』
おれは辺りを見回した。舗装された道の両側に点々と車が停まっていた。おれは次々とドアの取っ手を引いていった。
『開いた』
何台か試しているとドアが開いた。おれは運転席に乗り込み、座席を倒してそのまま眠った。
寝ていた。
気がつくとおれは、車の運転席に寝ていた。
『帰らなきゃ』
おれは車から降りて、辺りを見た。広い道。前を見ても後ろを見ても道は暗闇へと消えていた。
『ここはどこだろう?』
おれの足は、勝手に歩き始めた。
道はいつの間にか砂利道になっていた。砂利はローラーで押し固められていた。
『疲れた』
目の前にブルドーザーが2台停まっていた。ここは工事現場のようだった。真新しい縁石が、まだ舗装されていない道路の両側に並べてあった。
ブルドーザーの運転席によじ登った。おれの手は、キーと思われるものを見つけ、ひねった。
ブウン。
エンジンがかかった。
おれはアクセルを踏み、ハンドルを握った。ブルドーザーはスムーズに動き出した。それは、ゴムタイヤのブルドーザーだった。
『セカンドに入れなきゃ』
おれは自動車の免許を取ったばかりだった。運転席の左側にあるレバーを上に操作した。
突然、ブルドーザーのショベルが上がりはじめた。
『これじゃない』
そうこうしているうちに、ブルドーザーは縁石に乗り上げてしまった。セカンドがわからないから、バックもわからない。
おれはもう1台のブルドーザーに乗り込み、同じようにエンジンをかけた。今度はギアチェンジしなかった。そのまま、今まで自分が歩いていた方向に、ブルドーザーを走らせた。
工事中の道を、ローのまま、延々と走っていると、自分のいる場所が何となくわかってきた。近くを教習車で走ったことがあった。
工事中の道が一般道につながるところまで来たとき、はっきりとわかった。
『ここを左折するとM沢団地に行く道だ』
一般道は片側一車線の細い道であったが、国道1号線に通じる重要な道で、夜でもある程度の交通量があった。
おれは交差点の前でしばらくブルドーザーを停止させ、左折のウインカー出していた。車の流れが少し途切れたところで、おれはブルドーザーを発進させた。右から来た乗用車の運転手に向かって、軽く右手を挙げ、挨拶をしながら、ゆっくりと左折した。
またローのまま、ゆっくり走った。後ろには数台の車が列になっていた。しばらく直進すると、右手にM沢団地が見えてきた。高校生の時につき合っていた彼女がM沢団地に住んでいて、当時は何度も遊びに行っていた。おれはブルドーザーで団地に入り、すぐの脇に寄せて停めた。おれの家にはM沢団地を抜けていった方が近い。ブルドーザーをそこに置いて、おれは歩き出した。
『道がない』
団地を抜けると畑の真ん中を通る道があったはずだ。しかし、目の前には赤土の山がそびえ、視界を完全に遮っていた。
『登るしかない』
ここから直線距離だと家は目と鼻の先だ。急な斜面を登り始めた。固められているわけではないので、両手と両足は土の中に数十cm沈み、這うようにして登った。頂上に立ってみると、そこは赤土の平地だった。緩やかな自然の斜面だったはずのところに、大量の土を盛られ、平地にされていた。おれの家へ通じる道は、その土の下にあった。 おれは、なおも直線距離をとった。
平地の先は赤土の急斜面だった。おれはそこを下った。
やっと見慣れた道にたどり着き、おれは無事に家に帰ることができた。
実は実話。それ以外はノーコメント。