ココ山岡とダイヤモンドとおれ(その4)
前回のあらすじ
ココ山岡のきれいなお姉さんが最近の結婚事情について教えてくれた。結婚費用500万~700万円、そのうち結納金が100万円。ただし結納金を渡す習慣はなくなってきているのだそうだ。そのとき、奥の方から妙齢の「お姉さん」が現れた。
奥の方から現れた「お姉さん」は明らかに店長、もしくはマネージャーといった感じの人だった。おれは若いお姉さんに椅子を差し出され、ショーケースの前にふたりで寄り添うように座った。周りをよく見るとそのようなカップルが他に2組いた。そうだったのか、彼らも恋人同士でアクセサリーを見に来ていたのではなかったのだ。
「こんにちは。指が長くてきれいだから指輪が似合うね」
おれはずっと指輪をはめられたままだったのだ。指輪なんかしたこともないので、右手の薬指は違和感でいっぱいだった。おれの座っている後ろを女子高生らしき2人が笑いながら通り過ぎた。ちょっとでも笑い声がすると自分のことが笑われているような気がした。
「カレさぁ、今、1カラットのダイヤっていくらするか知ってる?」
また、二人称の”カレ”だ。もう、感覚が麻痺してきて違和感を感じなくなっていている。
「今でだいたい360万ぐらいしてるの。でも、これってどんどん値上がりしてるから1か月先になると400万になるかもしれないわね。ちょっと新聞記事見てみる?」
と言いながら奥の方にちょっと戻るとA4サイズのクリアファイルを取ってきた。中には平成1年にダイヤモンドが大幅に値下がりして若いOLたち中心にダイヤブームになったことから始まって、最近の円安で今度は値上がりしているという記事までがスクラップされていた。おれはダイヤブームがあったなんてことすら知らなかった。しかし、よく考えてみると、母がダイヤのネックレスを買って喜んでいた時期と一致するような気がした。
「カレが良いって言ったこの指輪はブームの時に入ってきたダイヤで作ってるから、これくらい」
そう言って指輪に付いていた札をおれの方に向けた。それには”180萬”と書いてあった。はじめからその札のことは知っていたのだが、”萬”という字が”万”を表している値札を見たことがなかったので、それが指輪の値段だということに気が回らなかった。我ながらうかつだと思う。しかし、これはほとんど全てがダイヤモンドの値段だけでリングの値段はあって無いようなものだと言っていた。さっきの話からするとかなり安い。
「カレ、ココ山岡のCMって見たことある?」
また、唐突だ。イカ天を見ていると何度も続けてやっていたCMはどこだっけ?
「ココ山岡はCMは一切していないの。唯一、番組からのプレゼントってところで、指輪なんかを提供しているだけなの」
ああ、じゃあ、あのCMは違うところなのか。
「それでも会社として利益をあげられるのは、本当にいいものをお客様に提供しているからなのね。買ってくれたお客様の評判が一番の宣伝なのよ」
ココ山岡で買ったダイヤモンドには鑑定書がついていてちゃんとしたものであること、そしてココ山岡で買った人だけの特権としてその鑑定書と一緒にダイヤモンドを持ってくれば、いつでも買ったときの値段で買い戻すということを説明した。そしてこれも店と客の信頼関係があるからこそできることだと言った。
「今は男の人もダイヤの指輪をするようになっているのよ」
おれは野球選手の首に光る金の極太ネックレスが大嫌いだったので、いくら他人がそうでもおれは嫌だと思った。しかし、ダイヤは地球上で一番堅い物質でありこれを持つことは、身を飾るということ以上に深い意味があると言うのだ。なるほど。
「指にはめるのが恥ずかしかったら、こうやって首にかけるの」
ネックレス、いや、ネックレスというよりペンダントという感じの長い金の太い鎖を取り出して、おれに指輪を指から外すように言った。だが、きつくて外れない。結局、それまでおれの横に座っていた若いお姉さんが丁寧に取ってくれた。「お姉さん」はそれを金の鎖に通し、おれの首にかけた。若いお姉さんは、おれのデニム地のシャツの前ボタンを少し外して、指輪と鎖を中に隠した。おれはされるままだった。
「こうやって、いつも胸にダイヤを付けていて、彼女ができたときにこのダイヤを使って彼女にエンゲージリングを作ってあげるのよ」
それだ。自分が肌身はなさず身につけていたダイヤを愛する女性にあげる。生涯を共にする運命の女性におれは特別な指輪をあげたい。これが素敵と言わずに何を素敵と言うのだ。おれは男の純情と浪漫を感じ少し震えていた。